長野

2017年12月2日

長かった遠距離での暮らしも今日で終了。

みおが産まれた7月3日から、初めてのことだらけで毎日あっという間に時間が経って、振り返れば長い長い月日が流れてる。

7月3日までは、誰かの親になるという実感もなかったし、子供が生まれてから自分たちが今のような生活をしているとは全く予想もできなかった。

みおが生まれた後は、なんで自分たちの子供がって、一時は神さまを疑ったこともあった。

でも、みおから「生きる」ということの素晴らしさや厳しさを教えてもらううちに、ママもパパもちょっとずつ強くなって。

違う人間に変身したみたい。

親っぽくなったって褒められるようにもなった。

みおに出逢っていなければ、パパは長野をこんなに深く知ることもなかったし、ママの実家でじぃじやばぁばと一緒に生活することは多分なかったと思う。

パパにとって長野は、そうやって生まれ故郷と同じくらい大事な街。

そうやって沢山の愛のカタチを教えてくれた街。

11月26日お宮参りで善光寺へ。

東京に戻ることが決まったら、戻る前にお宮参りは長野でしようと決めていた。

ママやママの兄弟が産まれたとき、そしてママ兄弟の子供たちと、代々健やかな成長を見守ってきた真っ赤な祝着。

ばぁばが用意してくれていたもの。

じぃじやばぁばは、本当にこの日を待ち望んでいてくれた。

公共の場に、みおを連れた外出はママパパ初めて。

家族みんなで外に出かけられる嬉しさと、みおの頑張りに本当に感謝。

善光寺は、お寺の本堂に入る前に大きな常香炉があって、無病息災や、患部に煙をあてると病気が治るって言われてるお焼香や、

病人や怪我人が自らの患部と同じところを撫でると治るといわれている撫仏「おびんずるさん」。

みおにとって、ものすごくご利益のあるお寺。

祝着を羽織り、本堂へ進む。

みおの頭や体にたくさん煙を浴びさせて、おびんずるさんもたくさん撫でたよ。

本堂では、ママから教わった初めてのお祈りの仕方。

いつもパパはこれからのことをお願いしていたんだけど、ママはいつもこれまでのことを感謝する。

みおと、家族みんなでこの場に立てることをたくさん感謝して祈ったよ。

ママの祈り方は、すごく新鮮だったし、清らかな気持ちになれた。

次のミルクやお薬のこともあって、時間はものすごく限られていたけど、十分に家族の時間を満喫できた。

ママは、出産2ヶ月前の5月から実家に戻っていたから、約7ヶ月間じぃじとばぁばと共に暮らしていた。

みおとママのとなりには、じぃじとばぁばの優しい笑顔がいつもあった。

当然、東京で3人で暮らせる喜びは大きいけど、じぃじとばぁばがいない生活にも不安や心配もあって、長野にいたいという気持ちとが交差してたみたい。

東京に帰る当日まで、いつもと変わらないように接してくれていた、じぃじやばぁばもきっと心の中ではママと同じ想いだったと思う。

みおも、急にじぃじやばぁばのあの明るい声が聞けなくなるのは寂しいよね。

パパは、この一週間東京の家を大掃除。

みおとママが快適に過ごせるように整えた。

そして当日。

10時の出発に向けて朝から車に沢山の荷物を詰めて、東京へ帰宅の準備。

今日から、本当に3人での生活が始まる。

朝いつもと変わらないように、ばぁばが栄養のある朝ごはんを用意してくれる。

ママの妹家族も出発に向けて駆けつけてくれた。

出発前に、家族3人で、ひいおじいちゃんの仏壇に線香を立て、手を合わせる。

みおをずっと見守ってくれていた。

最後に、じぃじとばぁばにお礼の挨拶。

パパは、そのときみおが生まれた7月3日から今まで側で見守ってくれたじぃじとばぁばのことが一気に走馬灯のように流れ。

あまりの感謝に涙が溢れた。

ママもじぃじもばぁばも、目に涙を溜めていた。

じぃじ、ばぁば本当にありがとう。

今日は本当にめでたい日、最後は涙別れじゃなく笑顔別れで。

さぁ、みお東京へ出発だよ。

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最後まで、ご覧いただきありがとうございました☺️

今後とも「みおぶろぐ」応援よろしくお願いいたします😊

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ABOUTこの記事をかいた人

全ての出生児の中で10%と言われている「低酸素性虚血性脳症」の娘、mioの両親。 最愛なる娘との愛おしい生活のリアルな記録を届けるパパライターと、ママ編集長。