Writer

全ての出生児の中で10%と言われている「低酸素性虚血性脳症」の娘、

みおの両親。

最愛なる娘との愛おしい生活のリアルな記録を届けるパパライターと、ママ編集長🍆

みおが低酸素性虚血性脳症と知ったとき、ふたりでいろいろと調べましたが予後に関する情報が非常に少ないのが実情です。

みおの成長を通して、育児記録を発信していくことで、

低酸素性虚血性脳症だけではなく、難病をかかえた医療的ケア児の子育てで同じ想いを抱えているママパパに少しでも有益な情報となればと思い、ブログを始めました。

そして、 医療的ケア児の現状を沢山の人に知っていただき、 障がいのある方に障がいのない社会へと繋がれば嬉しいです。

私たちがみおから学んだ「生きる」ということがいかに素晴らしく幸せなことなのかというメッセージがご覧いただいた皆様に届き、

愛溢れた一日となりますように😊

ママとパパ

ママとパパは、同じ会社で働いていました。

ママは新卒採用、パパは中途採用で入社。

ママの方が全然年齢は若いのに、先輩という不思議な関係。

同じ部署同じチームに配属になり、チームメンバーとして一緒にお仕事。

仕事終わりには、週4回は飲みに行くほど仲が良いチームで、

ママパパは沢山の時間を一緒に過ごしました。

当時、社内恋愛は禁止でしたが、

お互いに惹かれ合い、お付き合いが始まりました。

ママも、パパも全国に出張が多いお仕事で、夜が遅くなってしまう日や、会いたい日にすれ違いもありましたが、

長期連休には、いろいろなところに2人で旅行に出掛けて、美味しいお酒を一緒に飲むことが楽しみでした😋

特に2人が大好きだったのが、温泉旅行♨️

日々疲れたカラダを温泉で癒し、昼からビールで乾杯🍺

何もしないゆっくりとした2人の時間は至福の時間でした。

良きライバルでもあり、お互いに表彰台にあがるほどまでに成長。

そこから数年後、パパは目指していた年間表彰台一位と管理職昇進の夢が叶いプロポーズ。

表彰式の誰もいなくなった会場でプロポーズ!

しましたが、

ママは、プロポーズと思っていなかったみたいで、別日に改めてプロポーズをしました😅

2013年2月14日のバレンタインデーに入籍。

7月6日に、結婚式と披露宴🌻

次の日には新婚旅行にも行きました。

ママは、出張が多い部署を離れて、他部署への異動。

パパは、管理職として、

2013年は、新たな一歩を踏み出した大切な年。

ママパパの人生に記念の1ページとなりました。

みお、ママのお腹へ

それから4年後の2016年、パパは相変わらず仕事に没頭していました。

管理職としても3年連続で表彰を受けるほどに成長。

パパの仕事が充実する反面、

全国への出張は増え、家にいる時間も減ってしまい。

子供がほしいママは不安を抱えとても悩んでいました。

そんなある日パパは出張で青森にいました。

夜の21時くらいにママからの電話。

確信は持てない状況でしたが、ママからの報告にすでにパパは感動。

2016年11月7日

ママは、一人で婦人科へ。

ママのお腹の中に、命が芽生えていました。

みおが、ママパパを選んでくれたことが分かった日。

あまりの嬉しさに涙したことを覚えています。

ママもお仕事をしていたので、

働いて帰った後の自炊は、ものすごく大変でした。

でもママは栄養はしっかり取らないとって、

毎日自炊を頑張っていて、

10週目に入り、3ヶ月が経過。

エコー写真もなんとなく人っぽく見えてきて、

左が頭、途中起きたみたいで手足をパタパタしてたって、とてもかわいいって喜んでいました。

12週目4ヶ月に入ると、

背中を向けているけど完全に人の姿をしてる!

この日、心臓音も初めて聞くことができ、

ママも感動。

順調にお腹の中で育っていく赤ちゃんとは裏腹に、ママは酷いつわりで飲みものさえ、

吐き戻してしまうこともあって本当に心配な時期がしばらく続きました。

20週目6ヶ月には、初の4D写真。

脳、心臓、手足、胃、骨、体重、羊水すべて順調とのこと。

しかも、この日は2月14日。

ママパパの結婚記念日に大ニュースが!

女の子と判明いたしました。

この頃には、ママの食欲も復活。

食べたいものリストをつくって、

検診の日はには、自分のご褒美で外食をするのを楽しみにしていました。

31週目8ヶ月、このクリニックで最後の検診。

途中、逆子だったのもなおり、体重も標準。

がんばってねって、先生が沢山写真を撮ってくれました。

顔もしっかり見える!

ママは、仕事も産休に入り里帰り。

34週目9ヶ月からは、長野で検診が始まり、パパは、2週間に一度週末に長野へ。

この頃は、ママに会うたびにお腹が大きくなっていて。

ママは、ばぁばと一緒にお散歩したり、階段で足腰鍛えるストレッチしたり、出産に向けて頑張っていました。

夏でも、澄んだ涼しい風が通るベランダで日向ぼっこも沢山しました。

直射日光があたらないようにと、じぃじが広いベランダにすだれを設置してくれたり。

どこに出掛けるにも、ママのとなりにはばぁばがいつもいてくれて、

パパがママの側にいれない分、いやそれ以上にじぃじばぁばがいろいろ助けてくれました。

このとき離れ離れで暮らしていましたが、

ママから送られてくる順調な毎日の写真に、笑顔になって。

母子ともに健康であることを切に願っていました。

出産予定日は6月30日でしたが、陣痛がなかなかこず、このまま陣痛がない場合は7月4日に促進剤を使うことが決まっていました。

パパは、立会いを希望していたので、

職場には、事情を伝えて7月4日まで休みをもらっていました。

6月30日の仕事後に、車で長野に向かい。

日付けが変わるころには、ママの実家へ。

ママは、本当に大事に大事に君を守っていたから、生まれたら本当に喜んで涙ぐむ姿が想像できたし、

毎日付き添っていたじぃじやばぁばも、きっと自分のこと以上に喜んでくれる。

赤ちゃんはどんな顔をしていて、どんな気持ちでいるのかな?

寝ているママのお腹の中を触りながら、

これから始まる赤ちゃんとの新生活を想像すると、楽しみでドキドキして眠れなかった記憶があります。

最後に、、、

病院の先生からいただいたある詩の中に、

天国からの贈り物


会議が開かれました
地球から、はるか遠くで。
“また次の赤ちゃん誕生の時間ですよ”
天においでになる神様に向かって、天使たちはいいました。
この子は特別の赤ちゃんでたくさんの愛情が必要でしょう。
この子の成長はとてもゆっくりに見えるかもしれません。
もしかして一人前になれないかもしれません。
だからこの子は、下界で出会う人々に、とくに気をつけてもらわなければならないのです。
もしかしてこの子の思うことはなかなかわかってもらえないかもしれません。
何をやってもうまくいかないかもしれません。
ですから私たちはこの子がどこに生まれるか注意深く選ばなければならないのです。
この子の生涯がしあわせなものとなるように。
どうぞ神様
この子のためにすばらしい両親をさがしてあげてください。
神様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を。(以下略)

【出典元】エドナマシミラの詩 大江裕子訳 「なぜこの子らは世の光なりか」 伊藤隆二著 樹心社

別の書籍の中にも、

「ママ、パパに、会いたかったよ。
よろこんできたよ。
自分で決めてきたよ。
学ぶためにきたよ。
これからも学んでいきます。
(自分のからだは)自分でえらんだよ。
たいへんだから、えらんだの。
たいへんだとおもしろいから、えらんだの。」(以下略)

【出典元】ママのおなかをえらんだわけは…。 池川明著 二見書房

(前略)「病気でも病気じゃなくても、(人は)しあわせになれる。
だから、病気になっても、病気にならなくても、どっちでもいい。
それに、病気になると、そのぶん強くなれるんだよ。
(自分の中でいちばん気に入っているところはどこ?)
ペースメーカーを入れているところ。だって、からだが軽くなったから。
ぼく、自分が大好きだ。
自分のからだが、大好きだ。
自分のからだ、ありがとう。」

【出典元】ママのおなかをえらんだわけは…。 池川明著 二見書房

という、言葉があります。

この言葉によって自分たちに求められている特別な役割に気付き、ますます豊かな愛を抱けるようになりました。

みおから得る沢山の学びは、貴い授かりものです。

しあわせのかたちは、人それぞれちがいますが私たちは私たちのしあわせのかたちを、

これからも見つけていこうと思います。

「いま、会いにきました。」

引き続き変わらぬご愛顧を何卒よろしくお願い申し上げます。